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松前町の松前城・龍雲院・法源寺・松前藩主松前家墓所

函館から車で2時間弱のところにある松前町。かつて松前藩が置かれたことでも知られ、現在でも松前城の一部が当時のままに残されています。

渡島半島南西部に位置していて、松前藩の城下町として、政治・経済・文化の中心でした。現在では桜の名所としても有名で、全国各地から観光客が訪れています。北海道旅行の際には、ぜひ松前にも立ち寄ってみませんか?

松前城

松前城は福山城とも呼ばれ、日本式の城郭として築城された最後の城です。幕末の蝦夷周辺、ロシアの船がしばしば出没していたことから、幕府は警備のために、松前藩に新しく城を築城するように命じました。1854年に松前城は完成し、海からの攻撃に備えます。戊辰戦争での箱館戦争の折、旧幕府軍に攻略されましたが、すぐに新政府軍が奪還し、明治7年以降、天守閣や本丸御門、本丸御殿以外は取り壊されてしまいます。


天守閣は国宝に指定されていましたが、昭和24年に飛び火によって消失し、昭和36年に鉄筋コンクリートで復元されています。中は資料館として使われていて、歴代藩主の書物や家計図など、様々なものが保管されています。城の裏には『闇の夜の井戸』と『耳塚』と呼ばれるものがあります。

闇の夜の井戸

元々は本丸御門の前にあったものが、本丸裏に移されています。松前藩6代藩主・矩広の


忠臣、丸山久治郎兵衛の失脚を願う者たちが、言葉巧みに騙して井戸の底に送り込み、上から巨大な石を落として惨殺してしまいます。その後、よくないことが次々と起こり、円山の祟りではないかと囁かれ始め、井戸を埋めることになりました。けれども、どんなに土砂を入れても、いつまでたっても井戸が埋まることはなかったと言われています。

耳塚

厳しいアイヌ民族の支配強化をしていた松前藩に、アイヌ民族が団結して抵抗をしたのが1669年に起こったシャクシャインの戦いです。アイヌ側が優位になって戦いは進められていましたが、幕府や津軽藩の援助を得た松前藩が陣を進め、シャクシャインらを騙し討ちにして勝利をおさめました。アイヌ側の首謀者の首を持ち帰らずに耳をそぎ落として持ち帰り、埋めたとされるのが耳塚です。

アクセス

〒049-1511 松前郡松前町字松城 [TEL]01394-2-2216
[時間] 4~12月 9:00~17:00
[料金] 大人350円/子供230円

龍雲院

国の重要文化財に指定されている龍雲院は、曹洞宗の寺院で、松前にある寺院の中で、本堂が最古のものになり、本堂と庫裏は1842年に建築されています。とても細かく表現された龍の彫刻が、門やお堂のいたるところに施されていますので見ごたえがあります。境内にある蝦夷霞桜と呼ばれている桜の名木は、満開になると圧倒される美しさです。

アクセス

〒049-1511 松前郡松前町字松城305 [TEL]01394-2-2449

法源寺

とても古い寺で、現在の福井県南部にあたる、若狭の禅僧・随芳が、奥尻に草庵を開いたのが始まりの曹洞宗の寺です。奥尻から1409年に、松前に移されました。本堂などは箱館戦争で消失してしまいましたが、17世紀の中頃に作られたとみられる山門は残り、国指定の重要文化財となっています。

アクセス

〒049-1511 松前郡松前町字松城341 [TEL]01394-2-2146

松前藩主松前家墓所

松前藩の始祖である、武田信広以降19代の藩主やその室(妻)、子らが葬られている墓所で、全部で55基の墓碑があります。墓の形のほとんどが五輪塔で、中には五輪塔の形の墓が、屋形風覆屋の中に収められているものもいくつかあります。これら松前家墓所は、国指定の史跡になっています。

アクセス

〒049-1511 松前郡松前町字松城329 [TEL]01394-2-3060